大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成5年(ラ)134号 決定

抗告人 国

代理人 小磯武男 沼田寛 廣谷章雄 竹谷喜文 吉川隆 青木清明 赤西芳文 高山浩平 川口泰司 手崎政人 門田要輔 嶋田昌和

相手方 内田武繁 ほか四名

主文

一  原決定を取り消す。

二  相手方ら(原審申立人ら)の本件申立をいずれも却下する。

三  抗告費用は相手方らの負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は主文一、二項と同旨であり、抗告理由は別紙「抗告理由書」及び「意見書」記載のとおりであり、これに対する相手方ら(原審申立人ら)の反論は別紙「意見書」記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  先ず訴訟救助付与の決定に対する受救助者の相手方による不服申立権の有無についてみるに、訴え提起に際し必要とされる手数料の不納付による訴状却下の裁判は民事訴訟制度の維持の上から必要であるばかりでなく、これが得られないことによる不利益は相手方にもあるといえるから利害関係があるというべく、右決定に対し民事訴訟法一二四条によつて即時抗告ができると解すべきである。したがつて、抗告人の本件即時抗告は適法である。

2  次に、原決定に至る経緯及びその内容についてみるに、一件記録によれば、以下の事実が認められる。

(一)  相手方らを含む本案訴訟の原告ら四八三名は本案訴訟の提起と同時に訴訟上の救助を申し立て(神戸地方裁判所昭和六三年(モ)第一六〇一号訴訟救助申立事件)、同裁判所は平成元年一〇月二五日相手方鈴木宗生については訴訟費用を支払う資力がない者に当たらないとして申立を却下し、その余の相手方らの申立についてはいずれも訴訟上の救助を付与した。

(二)  これに対し、双方から即時抗告が申し立てられ(大阪高等裁判所平成元年(ラ)第五〇七号、第五五四号)、抗告裁判所は平成四年一月二二日抗告人鈴木宗生の抗告は理由がないとして棄却し、その余の相手方らに対する抗告については相手方のいずれも訴訟費用を支払う資力がない者に当たらないとして原決定を取り消した上、訴訟救助の申立を却下した。これに対し、相手方らは特別抗告の申立(最高裁判所平成四年(ク)第九五号)をしたが、特別抗告裁判所は平成四年九月二八日右抗告を不適法として却下した。

(三)  しかし、相手方らは、自己又は配偶者の合計収入が公的年金と障害補償のみであり、平成三年度分の年収が最初の申立に対する抗告審決定の説示する訴訟上の救助を認めることができない収入の基準(単身生活者は三〇〇万円、家族数が二名の者は四〇〇万円)を下回ること等を理由として、平成五年三月三日再度本件訴訟上の救助の申立に及んだ。

(四)  原決定は再度の申立に対し、相手方らの年収がいずれも右抗告審基準より下回つているので訴訟費用を支払う資力がない者に該当する旨判示して申立をいずれも認容し、訴え提起の手数料を含めた訴訟費用の全部について訴訟上の救助を付与した。

3  ところで訴訟救助の申立が、申立人に訴訟費用を支払う資力がないとはいえないとの理由により却下され、その裁判が確定した場合には、確定した従前の訴訟救助申立却下決定の効力上、前決定が検討し納付を要することが確実なものとして直接に検討の対象になつたと認められる事項については、その後の訴訟救助の申立において確定されたものとして扱うべきであり、同一の審級において再度資力がないことを主張し訴訟救助の申立があつた場合の審理においては、その申立以後の事項についてはともかく申立の都度訴提起時に遡つて検討し直し、再度全体について判断を繰り返すのは相当ではなく、前決定の確定によりそれ以前の部分については既に確定されたものとして扱うのが相当である。もつとも、民事訴訟法一二二条は事情の変更による救助の取消について規定するけれども、右規定は訴訟救助が単に訴訟費用の支払を猶予するにすぎないことからくるものであつて、右規定があるからといつて前記結論を左右することはない。これを本件についてみるに、右認定の事実によれば、当初の訴訟救助の申立は本案訴訟提起とともにされているのであるから、その裁判(即時抗告、特別抗告を経て確定)においては、少なくとも訴え提起の手数料は訴訟手続の当初において納付すべきものとして計算される費用であつてその支払いに対する相手方らの資力が具体的に検討の対象にされたというべきである。したがつて、再度の本件訴訟救助の申立においては、少なくとも訴え提起の手数料は納付義務が確定したものとして取り扱われるべきである。

一件記録によれば、最初の訴訟救助事件の裁判確定後、相手方内田は三〇八万余円から二五三万余円、同鈴木と家族の合計収入は四八一万余円から三八七万余円、同藤島と家族の合計収入は四一八万余円から三二二万余円、同濱名と家族の合計収入は四二二万余円から三三一万余円、同三國と家族の合計収入は四〇三万余円から三一五万余円といずれも減収になつていることが認められる。しかしながら、本案訴訟において裁判所に納付すべき前記訴え提起の手数料(通常は訴訟費用の中で最も大口の裁判費用である。)以外の訴訟費用につき現段階で特に多額にわたるものがあると予想されず、記録によつても、減収になつたとはいえ右程度の収入額に照らすと、相手方らにこれを支払う資力がないことの疎明があるとはいえない。

4  以上によれば本件再度の訴訟救助の申立は理由がないのでこれを認容した決定は相当でなく、本件抗告はいずれも理由があるので、原決定を取り消した上本件訴訟救助の申立をいずれも却下し、抗告費用は相手方らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 吉田秀文 弘重一明 鏑木重明)

別紙 抗告理由書

一 原決定の判断

原決定は、相手方らに対し、神戸地方裁判所昭和六三年(ワ)第二二一七号尼崎有害物質排出規制等請求事件(以下「本案訴訟」という。)において、民事訴訟法一一八条の規定に基づき訴訟上の救助を付与した。

その理由の要旨は、本案訴訟における各請求については、勝訴の見込みがないとはいえず、訴訟費用を支払う資力がない者に当たるか否かについては、実年収と公害健康被害の補償等に関する法律二五条一項の規定に基づき受給した障害補償費とを合算した年収合計額を算定した上、単身生活者の場合には年収合計額が三〇〇万円、相手方らを含めて家族が二人の場合には特段の事情がない限り家族を含めた年収合計額が四〇〇万円を下回るか否かを基準(以下「年収基準」という。)として判断するのが相当であるところ、相手方らの年収合計額は右にいう年収基準を下回るので、いずれも訴訟費用を支払う資力がない者に当たるというものである。

しかしながら、原決定は、以下に述べるとおり、相手方らが従前行った訴訟上の救助の申立事件において、相手方を訴訟費用を支払う資力がない者に当たらないとして却下する裁判が確定していることを一切考慮せず、同一審級において再度右資力がないことを理由として同一の費用項目を含むすべての訴訟費用についてされた本件救助申立てを安易に全部認容したものであって、民事訴訟法一一八条の解釈、適用を誤ったものであることが明らかである。

そこで、以下においては、原決定に至る経緯及びその内容について述べた上、訴訟上の救助申立却下決定の効力について論じ、原決定の誤りを指摘することとする。

二 原決定に至る経緯及びその内容

1 相手方らを含む本案訴訟の原告ら四八三名は、本案訴訟の提起と同時に訴訟上の救助を申し立てた(神戸地方裁判所昭和六三年(モ)第一六〇一号訴訟救助申立事件。以下「第一次申立て」という。)。

同裁判所は、平成元年一〇月二五日、相手方鈴木宗生については訴訟費用を支払う資力がない者に当たるとは認められないとの理由により申立てを却下し、その余の相手方についてはいずれも訴訟上の救助を付与した(〈証拠略〉)。

これに対し、双方から即時抗告の申立てがされ(大阪高等裁判所平成元年(ラ)第五〇七号、同第五五四号各訴訟救助申立抗告事件)、抗告裁判所は、平成四年一月二二日、相手方鈴木宗生がした抗告事件については抗告に理由がないとして棄却し、その余の相手方に対して抗告人がした抗告事件については相手方らがいずれも訴訟費用を支払う資力がない者に当たるとは認められないとの理由により、原決定を取り消し、第一次申立てを却下した(〈証拠略〉)。

これに対し、相手方らは特別抗告の申立てをした(最高裁判所平成四年(ク)第九五号抗告事件)が、特別抗告裁判所は、同年九月二八日、右抗告を不適法として却下した(〈証拠略〉)。

2 その後、原裁判所が、第一次申立てを却下された本案訴訟の原告らに訴状貼用印紙の補正を求めたのに対し、そのうち二二名は、平成五年三月九日付けで訴えを取り下げた(〈証拠略〉)。しかし、相手方らは、自己ないしその配偶者の収入が公的年金と障害補償のみであり、その配偶者(ただし、相手方内田武繁を除く。)を含めた、平成三年度分の年収合計額が第一次申立てに対する抗告審決定の説示する、訴状上の救助を認めることができない収入の基準(以下「抗告審基準」という。)を下回ること等を理由として、平成五年三月三日付けで再度本件訴訟上の救助申立てに及んだ(以下「第二次申立て」という。)。

3 原決定は、第二次申立てに対し、前記のとおり、相手方らの年収合計額がいずれも年収基準(その内容は第一次申立てにおける抗告審基準と同一である。)を下回っていることが明らかであって、訴訟費用を支払う資力がない者に該当するとして、これを認容した。

4 ところで、原決定の主文は、「申立人らに対し、いずれも訴訟上の救助を付与する。」というものであるが、第二次申立てにかかる申立書の記載(とりわけ第四、二、1において「印紙の貼用」を挙げていること)及び前記二、1、2の原決定に至る経緯にかんがみると、第二次申立ての趣旨が訴え提起の手数料(訴状貼用印紙)の納付を免れることにあることは明らかである。しかるに、原決定は、訴訟上の救助を付与すべき範囲について何ら限定を付していないのであるから、民事訴訟法一二〇条所定の物的範囲において訴訟費用の全部について、一括して訴訟上の救助を付与したものと解するほかはない。

三 訴訟上の救助申立却下決定の効力

1 そもそも、第二次申立ては、相手方らが訴訟費用を支払う資力がない者に当たらないとして第一次申立てを却下する裁判が確定し、訴え提起の手数料等を始めとする訴訟費用の納付義務が確定しているのに、あえて右納付義務を免れようとしてされたものであって、右納付義務の存否という法律関係の安定性を著しく阻害するものというにとどまらず、本来、右手数料を納付しない以上、その後は当該申立てに係る手続を進行させないこととする民事訴訟法二二八条一項、二項及び民事訴訟費用等に関する法律六条の各規定にも反し、訴訟手続自体の安定性をも阻害するものといわなければならない。仮に、原決定の結論を是認するならば、訴え提起時に資力のある者が近い将来、収入の減少を予想する場合、取りあえず訴訟上の救助申立てをすることにより時間を稼ぎ、その却下決定の確定後、再度、同一の費用項目について、減少した年収額を主張して訴訟上の救助申立てをするという脱法行為を許容することになるし、右収入の減少が予想されない場合であっても、いったん訴訟上の救助申立てを却下された者が、経済的事情の悪化等自己に有利な事情が現れるまで印紙の貼付を意図的に引き延ばし、年収が減少した時点で再度、訴訟上の救助を申し立て、訴訟上の救助を付与されて、訴状却下を免れることができるという不当な結果を招来することにもなるのであって、このような事態は、正に訴訟上の救助申立権の濫用に当たるといわなければならないのである。

したがって、このような原決定の結論は、到底容認することができない。

2 右の点に関する裁判例として、東京高等裁判所昭和五六年一二月二四日決定(判例時報一〇三二号六六ページ)がある。同決定は、「訴訟救助の申立が、申立人に訴訟費用を支払う資力がないとはいえないとの理由により却下され、その裁判が確定した場合において、同一審級において再度右資力のないことを主張訴訟救助の申立をすることが全く許されないではないとしても、少なくとも、従前の救助申立に対する裁判において、納付を要することが確実なものとして直接に検討の対象となったと認められる事項については、後の訴訟救助申立においては確定したものとして取り扱うべきである。本件についてこれをみるに、原決定の指摘する本件従前の訴訟救助申立は、本件本案訴訟の提起とともになされたが、その裁判(即時抗告を経て確定)においては、少なくとも、訴え提起の手数料については、それが通常最も大口の裁判費用であって、訴訟手続の頭初において先ず納めるべき確定金額で算出することができる費目として、当然のことながら、これが支払に対する抗告人の資力が具体的に検討の対象とされたものといわなければならない。そうすると、少なくとも、右訴え提起の手数料については、右従前の救助申立に係る裁判の確定に伴い、当時抗告人においてこれを支払う資力がなかったとはいえないことは、すでに確定しているものと解すべきである。」と判示し、少なくとも、従前の訴訟上の救助申立てに対する裁判において、納付を要することが確実なものとして直接に検討の対象となったと認められる事項については既に確定したものとして取り扱うべきであるという意味において、訴訟上の救助申立てを却下した決定に再度の訴訟上の救助の申立てに対する拘束力を認めたものと解される。

3 そうすると、本件においても、再度の訴訟上の救助申立てに対する従前の訴訟上の救助申立却下決定の拘束力が及ぶか否かが問題となるから、右東京高等裁判所決定の判断手法に従って、その申立ての可否につき検討すべき事案といえる。そして、第二次申立てにおいては、少なくとも、第一次申立てに対する裁判において、納付を要することが確実になった訴え提起の手数料等を始めとする訴訟費用は、納付義務が確定したものとして取り扱われるべきである。しかるに、原決定は、第一次申立てに対する判断を覆し、相手方らに対し訴え提起の時にまで遡って(具体的には、訴え提起の手数料等の納付義務について)訴訟上の救助を付与しており、第一次申立てに対する却下決定で確定したことを看過していることは明らかである。

なお、本件において、第一次申立て後、相手方らの収入が減少したという事情がうかがわれるものの、少なくとも、訴え提起の手数料のように訴え提起時点で納付すべき訴訟費用については、第一次申立てに対する却下決定の確定により、本来、訴え提起時に納付すべきであったことが確定したものであるから、その後の資力の悪化を理由に、第一次申立てに対する裁判と異なった判断をすることが許されないことは明らかである。

4 したがって、前記二、4のとおり原決定が、漫然と一括して訴訟上の救助を付与したことは、民事訴訟法一一八条の解釈、適用を誤ったものというほかはない。

5 なお、念のため、本件訴訟上の救助付与決定に対する抗告人の即時抗告権について付言しておく。

民事訴訟法一二四条は「本節ニ規定スル裁判ニ対シテハ即時抗告ヲ為スコトヲ得」と定め、訴訟上の救助を与える決定(同法一一九条)を特に除外していないし、しかも、即時抗告をなし得る者の範囲を何ら限定していない。旧民事訴訟法(明治二三年四月二一日法律第二九号。大正一五年法律第六一号による改正前のもの)一〇二条一項は「訴訟上ノ救助ヲ付与シ又ハ其取消ヲ拒ミ若クハ費用追払ヲ命スルコトヲ拒ム決定ニ対シテハ検事ニ限リ抗告ヲ為スコトヲ得」と定めて、訴訟上の救助付与決定に対して抗告をなし得る者は国庫の代弁者の地位に立つ検事に限られるとの立場をとっていたのに対し、現行民事訴訟法一二四条が前述のとおり即時抗告をなし得る者の範囲につき何ら限定的な規定を設けておらず、また、同法一二二条が、訴訟上の救助を受けた者が訴訟費用の支払をする資力を有することが判明し又はこれを有するに至ったときは、利害関係人が救助の取消し等を申し立てることができる旨規定しており、右利害関係人に相手方当事者も当然含まれると解されている(大審院昭和一一年一二月一五日決定・民集一五巻二二ページ)ことからしても、訴訟上の救助付与決定に対する即時抗告をなし得る者の範囲は何ら限定されず、相手方当事者にも当然右権利が認められるものと解すべきである。右のとおり、民事訴訟法一二二条、一二四条の各規定の文言解釈として、相手方当事者に訴訟上の救助付与決定に対する即時抗告権が認められるべきであると解されるばかりでなく、実質上の考慮からしても、相手方当事者は訴訟上の救助付与決定について法律上の利害関係を有するものというべきである。すなわち、民事訴訟において、当事者に訴状その他の書類に印紙を貼用させ、かつ、攻撃防御に関する訴訟費用を負担させている理由は、訴訟制度を利用する当事者に受益者負担的観点から費用を負担させるということに加えて、これにより濫訴の弊を防ぐとともに、原・被告当事者の利益を平等に保護する趣旨に出たものであるところ、一方当事者に訴訟上の救助付与決定をすることは、右当事者を相手方当事者より訴訟追行上有利な立場に置くことになり、相手方当事者はこれにより直接不利益を被ることとなる(前掲大審院昭和一一年一二月一五日決定)のである。これを具体的にみると、民事訴訟法一一八条の要件を欠く訴訟上の救助付与決定がされたとするならば、相手方当事者は、いわれのない濫訴に対応を余儀なくされ、また、印紙不貼用を理由として訴え却下の判決を求め得なくなるのであって、かかる相手方当事者の不利益は正に法律上の不利益といわなければならない。したがって、訴訟上の救助付与決定に対し、相手方当事者は、即時抗告権を有するものと解すべきである。そして、右は、裁判例及び学説の大勢でもある(前掲大審院昭和一一年一二月一五日決定、名古屋高裁金沢支部昭和四六年二月八日決定・判例時報六二九号二一ページ、東京高裁昭和五四年一一月一二日決定・判例時報九五一号六四ページ・判例タイムズ四〇一号七二ページ、大阪高裁昭和六一年七月二一日決定〈証拠略〉、東京高裁昭和六三年三月二五日決定・判例時報一二七二号九七ページ、高松高裁平成二年一二月一七日決定・判例タイムズ七五三号二二七ページ、最高裁判所事務総局刊・民事訴訟における訴訟費用の研究一三二ページ、菊井維大=村松俊夫・全訂民事訴訟法Ⅰ六二九ページ、野間繁「訴訟救助の決定と相手方」民商法雑誌五巻六号一一六ページ等)。

このように、相手方当事者に即時抗告権を与えることにより、右引用の各高裁決定においては、いずれも原決定の訴訟上の救助付与の認定判断の誤りが是正されているのであり、かようにして訴訟上の救助制度の在るべき運用が担保されているのである。特に本件においては、既に指摘したように、第一次申立てに対する却下決定の確定により相手方らの訴訟費用納付義務が確定しているにもかかわらず、原決定はその事実を無視し民事訴訟法一一八条の解釈、適用を誤った訴訟上の救助を付与しているのであって、このような誤った判断が是正される機会のないまま(即時抗告権がなければ再度の考案の余地はない。)確定するならば、それは健全な民事訴訟制度の運用上も耐え難いことといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、本件訴訟上の救助付与決定に対し、相手方当事者である抗告人が即時抗告権を有することは明らかである。

四 結語

以上のとおり、原決定は、第一次申立てを却下する決定が確定したにもかかわらず、同一審級において再度、同一の費用項目を含むすべての訴訟費用について訴訟上の救助を求める第二次申立てに対し、民事訴訟法一一八条の解釈、適用を誤り、何らの限定を付さず、申立てどおり訴訟上の救助付決定をしたものであり、その違法は明らかであるから、相手方らに対する本件訴訟上の救助付与決定は速やかに取り消され、本件訴訟上の救助申立てはいずれも却下されるべきである。

別紙 意見書

御庁平成五年(ラ)第一三四号抗告申立事件につき、相手方ら代理人は次のとおり意見を述べる。

一、抗告人の抗告の理由の要旨は、

〈1〉 原決定が、相手方(原告)らが従前行った訴訟上の救助の申立事件において、相手方(原告)らを訴訟費用を支払う資力がない者に当たらないとして却下する裁判が確定していることを考慮せず、同一審級において再度資力がないことを理由として救助申立を安易に認容したことは、民事訴訟法一一八条の解釈、適用を誤っている。

〈2〉 原決定の主文は、「申立人に対し、いずれも訴訟上の救助を付与する。」というものであり、原決定は、訴訟上の救助について何ら限定を付していないのであるから、民事訴訟法一二〇条所定の物的範囲において訴訟費用の全部について、一括して訴訟上の救助を付与したものと解するほかなく、原決定は民訴法一一八条の解釈、適用を誤っている。

というものである。

二、抗告理由〈1〉について、

1、抗告人は、第一次救助申立決定につき、既判力が発生しており、これに反する第二次申立を認容した原決定は違法であると主張する。しかし、訴訟救助の決定には既判力は認められておらず、抗告人の主張には理由がない。

2、すなわち、決定及び命令で既判力を有するものは、実体関係を終局的に解決するものである場合に限られ、決定及び命令は原則として既判力を有しない(兼子一「民事訴訟法体系」三三八ページ)。

訴訟費用に関する決定でも、民訴法九八条(第三者の費用償還)、一〇〇条(訴訟費用額確定決定)、一〇三条(和解の場合の費用額の確定)、一〇四条(訴訟が裁判によらずに完結した場合の費用額の確定)等、実体関係を終局的に解決するものである場合には、既判力を有するが、右以外の訴訟費用に関する決定は、実体関係を終局的に解決するものではないから、既判力を有するものではない。

現に、民訴法一二二条は、訴訟救助の裁判につき、事情変更による取消を認めている。すなわち、同条は、裁判所は、訴訟救助を受けた者が訴訟費用の支払をなす資力を有することが判明し、またはこれを有するに至ったときは救助を取消し、猶予した訴訟費用の支払を命ずることが出来る旨を規定している。

右規定が、訴訟救助の決定について既判力を認めていないことは明らかである。

抗告人が引用する東京高裁決定も、訴訟救助の決定に既判力を認めるものではなく、「その裁判が確定した場合において、同一審級において再度右資力がないことを主張訴訟救助申立が全く許されないではない」ことを認めている。

以上より、訴訟救助の決定に既判力が認められないことは明らかであり、事情変更により、再度の訴訟救助の申立も認められるべきである。

3、右のとおり、事情変更による再度の訴訟救助の申立が認められるとして、その要件が問題となるが、民訴法一二二条の趣旨にしたがうならば、「訴訟救助を受けられなかった者が、訴訟費用の支払をなす資力を有しないことに至ったとき」と解するのが相当である。

これを本件についてみると、相手方(原告)らが本案訴訟を提起し、同時に訴訟上の救助を申し立てたのは、昭和六三年一二月二六日であった。これに対し、最高裁判所が特別抗告の申立を却下したのは、平成四年九月二八日であり、実に三年九ヵ月の歳月が流れている。第一次救助申立に対し一審裁判所が行った決定は、この昭和六三年一二月二六日当時相手方(原告)らが訴訟費用を支払う資力を有するか否かであった。しかし、人の資力は、年月と共に変化する。三年九ヵ月は、人間の生活を変化せしめるに十分な年月である。

この間に、相手方(原告)らの支払能力に変化があり、原裁判所が、平成五年三月現在の相手方(原告)らの支払能力について、あらたな証拠に基づき再度審査したことは当然のことである。

4、抗告人は、本件第二次申立は、訴訟費用の納付義務の存否という法律関係の安定性を著しく阻害すると主張するが、前述のとおり、民訴法は事情変更による救助の取消を認めており(同法一二二条)、法自体が法律関係の安定性を認めておらず、法律関係の安定を阻害するとする抗告人の主張は理由がない。

また、抗告人は、本来、右手数料を納付しない以上、その後は当該申立てに係る手続を進行させないとする民訴法二二八条一項、二項及び民事訴訟費用等に関する法律六条の各規定に反し、訴訟手続自体の安定性をも阻害すると主張するが、本件では裁判所による補正命令は未だ出されておらず、民訴法二二八条一項、二項等に反するとの抗告人の主張は失当である。

さらにまた、本件では、相手方(原告)らが、近い将来の収入の減少を予想して、取敢えず訴訟救助の申立てを却下されたのに、経済的事情の悪化等自己に有利な事情が現れるまで印紙の貼付を意図的に引き延ばしたとかいう事情は一切存しない。したがって、相手方(原告)らに訴訟救助申立権の濫用に当たる事実は一切ない。

5、以上のとおり、抗告人らの抗告理由〈1〉には全く理由が存しない。

三、抗告理由〈2〉について

1、抗告人は、第二次申立ての趣旨が訴え提起の手数料(訴状貼用印紙)の納付を免れることにあることは明らかであるのに、原決定は、訴訟上の救助を付与すべき範囲について何ら限定を付しておらず、訴訟費用の全部について一括して訴訟上の救助を付与した原決定は違法であると主張する。

しかし、相手方(原告)らの申立の趣旨は

「申立人(原告)らに対し、訴訟上の救助を付与する」

というもので、何ら訴訟救助の範囲を限定しておらず、原決定が、申立外事項について決定を行った事実は存せず、原決定には何らの違法性は存しない。

また、訴訟救助の対象となる訴訟費用は、訴状貼用印紙代に限られるものではなく、訴訟費用の全部に及ぼされるべきであるから、この点でも原決定には何らの違法性も存しない。

四、訴訟救助の申立人の相手方の抗告権について

1、訴訟救助の申立人の相手方には抗告権は認められない。

申立人の相手方の抗告権を否定した東京高裁昭和六一年一一月二八日決定(判例時報一二二三号)は、抗告権が認められない理由を詳細に述べている。「一 決定に対する抗告は、当該決定により不利益を受けた者に限りこれをすることができるものであるところ、訴訟救助付与申立手続は、専ら、裁判所に対し訴訟上特別の措置を要求するものであり、ただ形式的にのみ裁判手続とされているだけであって、当該本案訴訟の相手方は対立当事者としてその手続に関与するわけでなく、しかも、訴訟救助付与の決定は国との関係において、訴訟救助を受けた者に対し裁判費用の支払を猶予する効果が生じるにすぎないから、その相手方の本案訴訟における攻撃防御の方法に関して直接不利益が生じるいわれはなく、訴訟費用の担保の申立のできる場合を除き、相手方がこれにより直接の不利益を被るものではない。

民訴法一二四条は、「本節ニ規定スル裁判ニ対シテハ即時抗告ヲ為スコトヲ得」と規定し、規定上訴訟救助付与の裁判に対して即時抗告ができることとされ、これに対して不服申立てを禁じてはいないものの、同条及び同法一二二条のいずれの規定においても、本案訴訟の相手方が即時抗告を提起し得ることを明記しているわけではない。抗告人は民訴法一二二条が利害関係人において救助決定の取消申立てができることを規定している趣旨からも救助決定に対し本案訴訟の相手方においても抗告できる旨主張するけれども、同条の救助取消しは救助決定に対する不服申立とはその趣旨を異にし、救助決定後救助を受けた者の資力回復を理由に(「勝訴ノ見込」がないことを理由とすることはできない。)これを取り消すものであるのみならず、その申立人も「利害関係人」と規定され、これが取消しにつき利害関係を有する者からの申立てによることのみ認めており、本案訴訟の相手方が単にこれに関する当事者であるとの理由のみで、その取消申立に利害関係あるものとして、その申立の適格があるものとは解せられないので、右各規定から直ちに抗告の利益の有無にかかわらず相手方の抗告権を認めることはできない(なお、旧民事訴訟法(明治二三年四月二一日法律第二九号。大正一五年法律第六一号による改訂前のもの。)一〇二条は「訴訟上ノ救助ヲ付与シ又ハ其取消ヲ拒ミ若クハ費用追払ヲ命スルコトヲ拒ム決定ニ対シテハ検事ニ限リ抗告ヲ為スコトヲ得」と規定していたのに対し、現行民訴法一二四条では前示のように抗告権者につき何ら制限を加えた規定の形式をとっていないけれども、その改正の経過において、救助決定に対する抗告権者をとくに制限しないために現行法のような規定に改めたものとは解せられない。)。

また、相手方は、右決定によって訴状への印紙不貼用を理由とする訴え却下の判決を求めうる利益を失うことになるものの、これは右決定による直接の不利益ではなく、訴訟救助付与決定の直接の効果である右印紙を貼用することを猶予されたことから生じる反射的間接的な不利益に止まり、これをもって相手方の抗告の利益を肯定することは相当ではない。

更に、抗告人は、いわれのない濫訴に対応することを余儀なくされる旨主張するが、訴訟救助の要件である事由は、「勝訴の見込みがあること」ではなく、「勝訴の見込みがないわけではない」ことをもって足りるのであるから、この要件は訴訟救助申立人の手続利用の真摯性を要求する趣旨であって濫訴の防止を直接の目的とするものではなく、また、訴訟救助付与裁判所が右要件を積極的に認定したからといって、これにより相手方が不利益を受けるわけではない。抗告人主張の事由をもって抗告を認めることは、勝訴の見込みを本案の決着に直接に影響しない訴訟救助付与手続において争わせることになり、本案訴訟手続の上に更に同一方向の無益な手続を余分に重ねることになるのみならず、原裁判所が訴訟救助付与決定をするに際し既に、「勝訴ノ見込ナキニ非ザル」との判断をしているのにもかかわらず、これが相手方に被害を及ぼす濫訴でありうるとみている点においても不当というべきである。提起された訴えが濫訴であり、これによって不利益を被ると主張する被告は、訴訟救助付与手続においてではなく、本案訴訟手続において濫訴であることの具体的事実を主張立証してこれを根拠に本訴の却下等を求めるべきであり、濫訴の防止をもって抗告により保護すべき利益とすることは出来ない。」

2、右東京高裁決定は、正鵠を射ており、相手方(原告)らは、右決定の趣旨を援用する。

以上のとおり、抗告人には抗告権はなく、本件抗告はすみやかに却下されるべきである。

五、以上のとおり、抗告人の本件抗告にはすべて理由がなく、すみやかに却下されるべきである。

別紙 意見書

抗告人は、相手方らの、一九九三年(平成五年)六月二一日付け意見書に対して、次のとおり反論する。

一 訴訟救助申立却下決定の効力

訴訟上の救助申立てに対する裁判は、申立時に予想される個別の訴訟費用と、申立人の具体的資産収入等を比較検討した上で判断されるべき性質のものであるから、右申立却下決定は、右裁判において直接に検討の対象とされた個別の費用について、申立人に受救権が存在しないことを公権的に確定するという効力を有するものである。したがって、右裁判の法的安定性と訴訟救助申立権の濫用抑止の観点から、少なくとも、従前の訴訟上の救助申立てに対する却下決定の確定によって、納付を要することが確実なものと認められた事項については、その納付義務が既に確定したものとして取り扱われるべきであるという意味において、訴訟上の救助申立てを却下した決定につき再度の訴訟救助の申立てに対する拘束力が認められることとなるべきであるのである。

相手方らは「抗告人は、第一次救助申立決定につき、既判力が発生しており、これに反する第二次申立を容認した原判決は違法であると主張する。しかし、訴訟救助の決定には既判力は認められておらず、抗告人の主張には理由がない。」と主張しているが、訴訟救助却下決定に関する前述の拘束力の内容は、あくまでも、実質的な観点から決定されるべきものである。したがって、相手方らの論旨にみられるような、民訴法一二二条を主たる根拠として既判力が認められないということを前提とする議論は、前記抗告人の主張に対する反論としては全く的外れなものというべきである。

二 訴訟救助申立却下決定の効力の及ぶ範囲

1 本件においては、第一次申立て(以下、略語は、抗告理由書の記載に従う。)に対し、裁判所は、訴訟上の救助を認めることができない収入の基準を定め、相手方らの収入がこの基準を上回るか否かが判断されたものである。したがって、訴訟費用を支払う資力がなかったとはいえない旨の右訴訟救助申立却下決定が確定したことにより、相手方らは、この決定の趣旨に従い速やかに訴状に印紙を貼付すべきであったのである。

言い換えれば、たとえ第一次申立て後、相手方らの収入が減少したという事情があったとしても、少なくとも、訴え提起の手数料のように訴え提起時点で納付すべき訴訟費用については、第一次申立てに対する却下決定の確定により、本来、訴え提起時に納付すべきであったことが確定したものであるから、その後の資力の悪化を理由に、第一次申立てに対する裁判と抵触する申立てをすることは本来許されないことは明らかである。

2 しかるに、第二次申立ては、その申立書の記載から、訴え提起の手数料(訴状貼付印紙)の納付をも免れることにあることが明白であり、右申立ては確定した訴訟救助申立却下決定を覆すことを企図したものといわなければならない。

ところが、原決定は、右申立てに対し、何ら制限を加えることなく、訴訟費用の全部について一括して訴訟上の救助を付与したのであり、違法であるといわなければならない。

なお、相手方は、訴訟費用の全部について訴訟上の救助を付与することは何ら違法ではないのに、これを違法と主張する抗告人の抗告理由は失当であると主張するが、右主張は抗告人の主張を正しく理解していないものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例